徒然日記

コミックファンタジーは年二回しか出ないから、忘れられないようにみんなで日記を書くよ。
(交代で週1回を目標に頑張るのでヨロシクね)

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2014.08.13 Wednesday

新しい神話


甲野酉です。

最近読んでいる漫画は、アニメも面白かった『シドニアの騎士』です。
タイトルもそうなのですが、
人名(海苔夫/のりお)とかお祭りの名前(重力祭り)とか、
作者(二瓶勉)のユーモアが入っているとは思いますが、
ネーミングセンスがどこか泥臭いところと、
日本的、しかも神話的な雰囲気が、
ロボットや外宇宙生命体といったSF的要素と独特の対比を見せています。
敵である外宇宙生命体(ガウナ)が完全な敵ではなく、
味方(人間)とどこかでつながっているという設定も、
ナウシカやエヴァンゲリオン、進撃の巨人と通じるところがあって、
興味深いです。

シドニア以外の作品も含めた二瓶勉の作品群自体のあり方が、
細部の要素(東亜重工/ガウナ/熊のキャラクター等)が
作品間で変換されて使用されるという、現実の神話群のあり方とそっくりです。
(恐らく二瓶勉が好きなんじゃないかと思われる宮崎駿の作品にも
その傾向が見られます)
たぶん、物語というものは、筋が通っていることやつじつま合わせ(論理)が
本体なのではなく、
要素の変換自体、つまり、論理では埋まらない断絶や対立を、
変換(コードのずらし)によって埋めていくつなぎの部分が
本体なのではないでしょうか。

以前に終わったと言われた「大きな物語」の機能は、
断絶や対立を論理(理由付け)によって見えない
(無くそうとする、あるいは最初から無い)ものとすることでした。
そうではなく、むしろ断絶や対立が物語の出発点であり、
断絶や対立があるからこそ、その間を様々なコードの変換によって
埋めるものが物語の役割であることが、
最近の漫画では定着しつつあるように思います。
そしてそれは、昔から人が神話でやっていたことでした。







 

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